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靴に気を使っている人はとても少ない

どんなに高価なスーツを着ていても、靴がそれとマッチしていなければスーツスタイルは完成しません。しかし、残念ながら靴に気を使っている人はとても少ないと私は思います。汚れていたり、見るからに安そうな靴であったり、また、履き心地がラクだからとカジュアルシューズのような靴を履いていたり。みなさんは大丈夫でしょうか?ビジネスの現場では、きちんと磨かれた革靴こそがふさわしいのです。革靴が日本で一般的になったのは、1920年ごろといわれています。発祥の地である欧米に比べれば歴史も浅く、家では靴を脱ぐという生活習慣の違いもありますから、革靴に対する意識が少し違うのかもしれません。しかしながら、スーツの足元は相手から見てとても目立つものです。よくいわれることですが、ホテルマンは相手の靴を見てお客の客質を判断するといいます。実際、レストランでも、スニーカーやサンダルでは大店できないといったドレスコードのある店は存在します。そのような店では洋服だけでなく、どんな靴を履いているかで案内されるテーブルが違ってくることもあるのです。つまり、センスが良い悪い以前に、ある程度以上の質の靴を、きちんと手入れして履いているかどうかで、その人全体を判断している例が身近にあるのです。

足と靴の関係

靴は服よりも本当をいえばシビア、より良い質のものを選ばなければ、という思いがある。ハイヒールを選ぶ必要はないとしても(私には無理と諦めきっている)、ある程度シックでエレガントなものを履きたい。必要とする年齢になったら足がついていけないというのも皮肉な話だ。いわゆる中高年の方が履いている楽そうな靴、若い人の丸い形のものとは違う、楽そうな靴、足のことを考えるのならあれしかない、と思わせてくれる。履いている方も、健康のことを考えて、どこか妥協しているのかもしれない。そう、健康第一だし……。前にどこかで書いた記憶があるのだけどもう一度。実家のある大阪でのこと、あるデパートで年配の女性に声をかけられた。「その楽そうなべちゃこい靴(平たいという意味かも)はどこで買いはったん?」突然のことで驚いた私。「東京ですけど」ピンクハウスの靴だから、大阪にだって売っている。それを説明すれば良かった。「あ、そう、そらあかんわな」東京のものなら諦めましょう、ということだ。悪いことをしてしまった。楽そうでかっこいい靴だと思われたに違いない。年配の方にしてはお目が高い。そういう靴を選べばおしゃれっぽくはあるのだけど、この年代ともなると少しもの足りない。そんな私のお助け靴はグッチのモカシンなのだ。すごく履きやすい。とはいえ、すぐに私の足の形になって、いやはや気取った場所へは躊躇してしまう。だからこそ履きやすいといえる。足と靴の関係は、本当につきつめると矛盾だらけ。私だけの悩みではないことを願って。

ラウンジ・スーツヘの進化

プロッタ・コートは広く普及する。代議士の国会議事堂通いにもプロッタ・コート、官吏の通常礼服もプロッタ・コート、天皇のプライペートもプロッタ・コート、と時間帯をとやかくいわれることなく、フロしかし、一般大衆はまだまだ着物が手放せず、完全な洋服化か実現するのは二度の世界大戦を経て後の話になる。以上、洋装受容の歴史を大雑把にたどってみたが、日本のスーツのその後にも影響を与えることになった次の点だけをもう一度確認したい。1日本の男性の洋装は、上からの指令によって進められたものである。2初期の洋服に求められたものは、軍服の機能性と官吏の権威である。3日本の男性は洋服の着方をマスターするのに精一杯、仕立てる方も足袋職人まで動員される状態だったので、スーツをTPOに応じて着分けることまで頭も手も足も回らなかった。決められた服を着て無難にやりすごせばよし、ひいては「装わない」装いこそよし、とする日本男児に今も根強い発想は、初期のこの時期に根差すものなのだろうか?では、ここで再びイギリスに戻ろう。プロッタ・コートから現代の「背広服」の直接の先祖、ラウンジ・スーツヘの進化まで、あと一息である。